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第5章 ニッポン : 2060年代

≪55≫ 使命感 = マーヤはJRリニア新幹線会社と協力して、相変わらず寝食を忘れて働いていた。と言って、ぼくが遊んでいたわけではない。ダーストン星での経験を活かして、どうしたら日本をもっと素晴らしい国に変えられるか。最近はそれがぼくの天職だと、ひしひしと考えるようになった。

まず手を着けたのは、ヒト型ロボットの量産化だ。山梨県の実験工場の隣に、ロボット製造工場を建設した。2069年春のことである。そのころの日本では、各方面でロボットが活躍していた。ホテルやデパートでの受付や案内。事務所や家庭の掃除。だが、その形態は可愛い人形や動物に似せたものが多く、ヒト型ロボットはあまり発達していなかった。

ぼくが造ったのは、身長170センチの人間の形をしたロボット。断わっておくが、マーヤのような人間性を持ったロボットではない。人間と見分けが付かないようなマーヤ型のロボットは、人間のDNAを移植しなければ造れない。それには医療技術の発達が必要だから、地球では200年後の子孫たちが取り組む課題になるのだろう。

そんなロボットが出現すると、ダーストン星でみたように人間とロボットの結婚問題など、別次元の問題が生じる。ぼく自身がマーヤと結婚しているくせに言いにくい話だが、そんな世界が必ずしもいいとは思っていない。地球でも200年後には、そんな問題に直面することは確かだが。

と言うことで、ぼくが造ったのは機械的ロボットの究極版。見た目は人間に近いが、金属製であることは一目瞭然だ。もちろん、設計図はマーヤの記憶から取り出した。体内のプログラムを入れ替えれば、いろいろな用途に適合するからとても便利だ。ぼくは3種類のプログラムを使って、ガードマン用、ロボット製造用、そして農水産業用のロボットを量産し始めた。

ガードマンは試験的に、この工場と例のダーストニウムを保管した倉庫を警備させた。するとイノシシが近づいてもカラスが飛んできても、頭から光線を発射して完全に追い払ってしまう。広告を出したら、博物館や宝石店から注文が殺到した。

ロボット製造用ロボットは、ぼくの工場に配備してロボットの製造を無人化した。さらに農水産用ロボットは、農作物の栽培や魚類の養殖に当たる。人手不足に悩む長野県の農家と静岡県の養殖業者と提携して、もう基礎的な実験は終えた。来年になれば、本格的にロボットだけでコメや小麦の栽培、マグロやタイの養殖を始めることが出来るだろう。

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第5章 ニッポン : 2060年代

≪54≫ 神の粉 = ある日、JRリニア新幹線会社のお偉方がやってきた。革命的な新素材の話はあっという間に海外にも広まり、共同生産したいという申し込みが相次いでいるのだと言う。そこで海外にも、あのダーストニウムを供給してもらえないかと頼みに来たのである。

その辺のことになると、ぼくには何とも言えない。同席したマーヤの方を見ると、彼女は「結構です」ときっぱり返事した。ただ「海外の会社と共同で建設する工場の場所と生産規模を教えてください。ダーストニウムは、こちらから必要な分を直接送ります」と付け加えていた。もう立派な女性経営者である。

2068年のうちに、海外企業との合弁工場はアメリカ、フランス、中国、タイ、そしてサウジアラビアにも建設された。このころになると世界的に原油の埋蔵量が乏しくなり、産油国も太陽光発電には大きな関心を持っていたからだ。

マーヤは国内の工場だけでなく、海外にもダーストニウムを発送する仕事に追われるようになった。ダーストニウムはドラム缶に入れて、海外には航空便で送る。ドラム缶に入れる量はそれぞれの工場の生産量に合わせて、正確に計量される。だから工場で、この粉を使い残すことはない。

ダーストニウムは、見たところ何の変哲もない黄色い粉である。手のひらで掬うと、指の間から砂のように零れ落ちる。だが、その魔法の力は想像外だ。鉄やプラチナなど数種類の金属を一定の比率で混ぜ合わせた合金に、この粉を入れる。すると合金の強度と磁性が極端に高くなる。また、この合金で造った細い繊維を特殊な強化ガラスに織り込むと、きわめて発電効率がよい太陽光発電基盤が出来上がる。

合金に混ぜる量は、ごく僅かだ。1キロメートルの路床を製造するのに、カップ1杯ほどで十分。だから東京ー福岡間のリニア路床を敷くのにも、ドラム缶1つで足りた。

違う日、またJRリニアの役員が飛んできた。「外国の企業が科学者を集めて、ダーストニウムの分析を始めたそうです。特許も取っていないそうですが、大丈夫ですか」

マーヤは落ち着き払って、こう答えた。「どんな天才が研究しても、あの粉を製造できるまでには200年かかるでしょう」

じっさい、海外でダーストニウムが生産されることはなかった。そして科学者たちの間で、この物質は“神の粉”と呼ばれるようになった。

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第5章 ニッポン : 2060年代

≪53≫ 主婦業 = マーヤは完全に、日本の主婦になった。ぼくの食事を作るために、町へ買い物に行く。そのために車の運転も始めた。自動運転車だが、まだ人間の補助が必要だ。ダーストン星のように、道路と側壁が車を誘導するシステムにならなければ、完全自動車にはならない。そうなるまでには、200年ぐらいかかるのだろう。

ときにはマヤ工業の専務として、ビジネス相手とも付き合っている。明るく頭の切れる女性経営者だと、評判はいいらしい。なにしろ、よく働く。日本には「寝食を忘れて働く」という表現があるが、もともと彼女には寝も食も必要ない。

ぼくの方は反対に、だんだん世間から逃げている。テレビや雑誌記者に“空白の5年間”を追及されるたびに、ウソをつかなければならない。政治家と違って「記憶にありません」と答えることに、嫌気がさしたからである。

それでも仕事の用があったりして、2人で都心に出ることもある。そんなとき電車に座っているぼくたちは、仲のいい中年の夫婦に見えたに違いない。ただ困ったことに、2人で食事はできない。夫だけが飲み食いし、妻は水にも手を着けないという光景は、きっと変に思われるからだ。

仕事の方は、きわめて順調。鉄道はリニアから在来型の新幹線へ、高速道路も全国の幹線から支線へと、急速にマヤ路床が普及して行った。それどころではない。学校や病院、それに一般の家庭からも、引き合いが来るようになった。なにしろ新しい太陽光パネルは、発電効率が従来型の20倍も高い。

製造・販売を一手に引き受けたJRリニア新幹線会社は、工場の拡張・増設に大わらわ。2年もしないうちに、本業のリニア鉄道より路床生産の売り上げが大きくなってしまったほどである。こうした奇跡とも言える業況は、海外の新聞やテレビでも大々的に報道された。

ぼくたちのマヤ工業は、この生産に全く関係していない。見学者が来れば最初に建てた小さな工場に案内し、実験データなどを専用のロボットに説明させるだけ。ただし新合金の製造に欠かせないダーストニウムだけは、わが社からすべて供給している。

そのダーストニウムはわが社の倉庫に厳重に保管されているが、常に補充されていた。不思議に思っていたが、あるときマーヤに聞いてみると・・・。

「UFOのロボットたちが、深夜に運び込んでいるの。あの山梨工場は人里離れているから、決して見つかりません」

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第5章 ニッポン : 2060年代

≪52≫ 救世主 = 地球は人間が自ら生み出した氷河期を抜け出し、かつての春夏秋冬を取り戻していた。しかし人々を取り巻く政治的・経済的な環境は、暗くて重苦しかった。アメリカと中国が覇権を競い合い、国連は機能を停止した状態。核兵器のおかげで軍事衝突こそ免れているが、2つの大国は重要な資源の獲得に血道を上げている。

その結果、金属や食料などの価格が高騰。企業も個人も、物価高に悩まされている。特に原油の国際価格は1バレル=250ドルにまで上昇した。買い漁りに加えて、原油そのものの埋蔵量が底をついてきたためである。エネルギーを輸入に依存する日本は、とりわけ苦しい立場に置かれていた。

2065年、日本の人口は8800万人にまで減少していた。経済はずっとマイナス成長とインフレの継続。原発は周辺住民の反対で建設できず、再生エネルギーは高コストで普及しない。結局は原油頼りだが、人々は電気やガス、それにガソリンの節約を強制される生活を続けていた。国会では、相変わらず不毛の議論ばかり。多くの国民は「もう不満を言っても仕方がない」と、諦めムードが支配的になっていた。

ぼくとマーヤの画期的な太陽光発電装置が世に出たのは、こんなときである。JRリニア新幹線会社は業績が劇的に改善し、世間を驚かせた。全国の高速道路会社や在来型の新幹線会社から、マヤ路床の注文が殺到。JRリニア社は、工場の拡張工事に追われていた。

新型の路床が普及したことの経済的な効果は、想像を絶するほど大きかった。日本の電力消費量は2067年に1億5000万キロ・ワット時に達していたが、その8割を国内の太陽光発電で賄うことが出来るようになった。貿易収支は急速に改善し、電気料金も上がらなくなった。このため企業は輸出競争力を回復、個人も安心して消費を増やせるようになった。

ぼくもマーヤも忙しく働いていた。日本経済が日に日に立ち直り、人々の笑顔が増えて行く。それが何よりの励みになった。でもマーヤはこのところ、少し太ったように見えてならない。率直に聞いてみると・・・
「中年太りですよ。私はもう人間なんですから」と言って、ケラケラと笑った。

だが数日後、ダーストン星からUFO経由で悲報が届いた。あのウラノス博士が亡くなったという。考えてみれば、いろいろ教えてもらい、地球の救世主となるような仕事も頂いた。満月を眺めながら、マーヤと一緒に泣いたあの夜のことは忘れられない。

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第5章 ニッポン : 2060年代

≪51≫ 無償供与 = 机の向こう側にずらりと並んだJRリニア社の重役たちは、びっくり仰天。しばらくは開いた口が塞がらなかった。真ん中に座っていた副社長が「それでいいのですか」と、何度も何度も念を押した。

JR側の技術者がマヤ社製の新しい路床を入念にテストした結果、その優れた性能が完全に確認された。このためJRリニア社は、新製品の購入を決定。その最終的な契約交渉の席で、ぼくとマーヤが「ダーストニウムと製造技術はタダで差し上げますから、製品はそちらでお造りください」と言ったときのことだ。JR側は、おそらく10億円単位の交渉になると考えていたに違いない。

ただし『他の企業から購入の希望があったときは、できるだけ安い値段で売れるようにする』という条件だけは付けておいた。

JR側の対応はリニア並みに速かった。さっそく広島県のサッカー場ほどもある広大な敷地に、巨大な製造工場を建設した。リニア新幹線は東京―福岡間を2時間半で結んでいたが、東京―大阪間438キロの75%はトンネルで発電効率が悪い。そこで大阪―福岡間550キロの大改修工事から始めることにしたらしい。

試算によると、大阪―福岡間の工事が完成すると、JRリニア社はその太陽光発電ですべての消費電力を賄える。そのあと東京―大阪間を改良すれば、その分は売電に回せることになるはずだ。

この計画が公表されると、世間は大騒ぎになった。新聞やテレビは「JRリニア社が起死回生の賭け」と解説。また「新技術の中核は、奇跡の生還を果たしたあの宇宙飛行士が発明したものらしい」とか「宇宙人から教わった技術ではないか」など、連日のように大見出しの記事が飛びかった。

だが、ぼく自身はマスコミの取材を完全に拒否し続けた。下手に対応すると、ダーストン星の秘密が漏れる心配があったからである。その代り、マヤ工業の試験的な工場は一般に開放した。このため山梨県の工場には見学者が絶えず、専属の案内人を3人も雇ったほどである。

やがて高速道路会社や鉄道。さらには空港などからも、マヤ式の太陽光発電装置を買いたいという申し込みが殺到した。これを受けてJRリニアは山梨工場の建設を前倒し。これらの需要にも応じることとなった。

そして海外からも引き合いが来る。JRリニア社はぼくたちとの契約に従って、アメリカや中国、ヨーロッパや中東にも子会社を設立する計画を建て始めた。

マーヤが帰ってきてから、わずか3年半。2065年秋のことである。

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